7月25日(土)
7月25日(土) 出演アーティスト
by admin on 5月.11, 2009, under アーティスト, 7月25日(土)
■MAYA with 松尾明 New Frontier Quintet
■ケイ赤城トリオ and 五十嵐一生
■SHAKATAK
MAYA with 松尾明 New Frontier Quintet
http://www.point-a-office.com/
MAYA プロフィール
1999年JAZZライブハウスでステージデビュー。 JAZZを基本にジャンル、言葉(英語・スペイン語・ポルトガル語・イタリア語・仏語・露語)、
スタイルに捕らわれないMAYA独自のオリジナリティー溢れる世界が、各方面で高く評価されている。
また、LIVEで魅せる不思議な声色、エキゾティックな雰囲気、インパクトのあるMAYAの存在感が、聴衆を魅了する。
2001年にジャズフリークレコードより1stアルバム「WhyTryToChangeMeNow」 、2002年に2ndアルバム「She‘sSomething」発表。
2004年、コロムビアミュージックエンタテインメントより、CD「MAYA」で本格メジャーデビュー。スイングジャーナル誌選定「ゴールドディスク」を受賞。一躍ジャズ&ラテンシーンの最前線に躍り出る。
2005年コロムビアM・Eより第2弾アルバム「LOVE POTION NO.9」をリリース。
第39回スイングジャーナル選定・ジャズ・ディスク大賞・ボーカル賞(国内部門)受賞。国内ジャズ・ボーカリストのトップに立つ。
2006年、「上海Jazzフェスティバル2006」に日本代表として出演。大成功をおさめる。 初の海外進出を果たした。
2006年11月22日、通算6枚目になるALBUM「KissOfFire」が発売になり話題を呼び、「ジャズ批評社」選定第一回ジャケット大賞・ディスク特別賞に輝いた。
2007年3月、本「MAYAのすべて」がジャズ批評社より全国発売され、着物の「さが美」と ファンクラブ「MAYA Potion」タイアップで2008年度カレンダーも発売される。
2008年9月に発売された7作目の自己リーダーアルバム「MAYA+Jazz」は2度目となるスイングジャーナル誌選定「ゴールドディスク」を受賞。同作発売を記念してアナログレコード(CDと別デザインの赤盤)、ピクチャーレコード(CDと別写真)、Tシャツ、キャリーバッグ、ロックグラスなどのグッズも製作され、11月にはMAYA初のクリスマスアルバムも発売され、
アナログレコード(CDと別デザインのクリアーイエロー盤)、特製ジャケットイエロー盤EPも限定で発売される。
2009年5月にはラテンアルバムの発売も決定している。 いま尚進化し続けるMAYAは、日本JAZZボーカル界のニュースターとして、最も期待されているアーティストである。
■お問合せ POINT A OFFICE http://www.point-a-office.com/ TEL:0422-42-1481 FAX:0422-42-1482 E-mail:Jazzcollez@aol.com
ケイ赤城トリオ+五十嵐一生
http://www.aomori-net.ne.jp/~yamagen/kei/top.htm
ケイ赤城 プロフィール (ピアニスト、コンポーザー、アレンジャー)
1953 年3月16日仙台生まれ。
4歳から12歳まで家族と共にオハイオ州クリーブランドで過ごす。5歳からピアノを習い、音楽学校(The Cleveland Music Settlement)でピアノ理論、音楽史を学ぶ。帰国後、青森県下の高校在学中にジャズ音楽に接し、国際基督教大学(ICU)では哲学と作曲学を学ぶ。
大学卒業後再び渡米し、カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校の哲学科博士課程に入学する。勉学の一方、大学のジャズバンドで作曲やオーケストレーションをやったりピアニストとしてブルー・ミッチェルやアート・ペッパーのピックアップバンドに参加するなどの演奏活動も経験する。
25歳の時それまで目指していた大学教授への道をやめてプロ・ミュージシャンとして歩み始める。
翌年1979年アイアート・モレイラ&フローラ・プリムグループのピアニストになり7年間在籍し、その後アル・ディメオラのグループなどを経て1989年から1991年までマイルス・ディビスグループのメンバーとして活動する。その後スタンリー・タレンタインのバンドに参加10年間在籍する。
音楽活動を続ける一方、1996年カリフォルニア大学アーバイン校で音楽講師として教鞭を執り始め2000年からは同大学芸術学部教授としてジャズ理論、歴史、実技などの講義を行っている。又大学近郊地域の文化活動の一環として各種コミュニティー、サークルなどでジャズのレクチャーや演奏活動も行っている。
1998年からは日本人ミュージシャンとのグループを結成して毎年国内ツァーを行っている。
五十嵐一生 プロフィール (トランペット)
1965年北海道生まれ。
4歳でピアノを始め、 10歳頃からジャズとトランベットに目覚めると同時にマイルス・デイビスのレコードと出会う。 I 0代からブラスバンドや作曲活動を始め、高校在学中はYAMAHAライトミュージックコンテストで「ベストホーンプレイヤー賞」、 NHKヤングミュージッウフェスティパルで「特別賞」を受賞。 1985年に国立音楽大学入学。在学中はニュータイドジャズオーケストラ等に参加、 1988年の山野ピッウバンドコンテストでは「優秀ソリスト賞」を獲得。中村誠一グループで新宿ピットインにデビュー、その後すぐに日野元彦に認められ日 野元彦グループに参加。都内各所のライブハウスに出演し始め、多くのミュージシャンと共演してレコーディングにも多数参加する。
1993年『Deep Blue Rain』でソロ.アルバム・デビューを果たす。
以 降は毎年コンスタントに『came』(1994)、 『GOLDEN LIPS』(1995:スイングジャーナル誌選定ゴールドデイスク受賞)、『TOKYO MOON』 (1996)、立川直樹プロデュース作『SUMMER’S ALMOST GONE』(1997)を発表し続ける。
20O1年には映画『真夜中まで』(監督:和田誠)で主演の真田広之に演奏指導、サウンドトラツウ盤でも演奏を担当した。
活動はジャズの範囲にばまらず、岩代太郎や風防義和とのジョイント、クラヴ系や即興パフォーマンス、作曲、TVドラマ、「 BMW」を始めとしたCM音楽他幅広く活躍している。ウリエイテイヴ・シーン全般に熱狂的フアン多数。
共 演したアーティストは中村誠一、渡辺香津美、辛島文雄、本田竹広、峰厚介、向井滋春、益田幹夫、板橋文夫、土岐英史、古沢良次朗、高瀬アキ、坂田明、渡 辺貞夫、山下洋輔、日野皓正、山口真文、ジョージ大塚、セ イゲンオノ、トミー・フラナガン、デューク・ジョーダン、レイ・ブライアン、ケニー・バロン、ポール・ジャクソン他多数。初期の東京ザヴィヌルバッハこも 在籍、最近はケイコ・リーとのセッション&ツアーにも参加している。
SHAKATAK
http://www.shakatak.com/

プロフィール
80年結成、81年『DRIVIN HARD』でアルバム・デビュー。その後シングル「EASIER SAID THAN DONE」が初のUKトップ20ヒットとなり、ユニークなインスト&ヴォーカルのユニゾン・サウンドを確立。さらに続くシングル「NIGHT BIRDS」がトップ10入りを果たす。同名のアルバムが、アルバム・チャート4位を記録し、約6ヶ月間もチャートインするというビッグ・ヒットとなる。 これがヨーロッパ各国、日本、南米などを巻き込む世界的ヒットとなり、不動の地位を築く。通算5枚目『DOWN ON THE STREET』(84年)で現在のヴォーカリストであるジル・セイワードをリード・ヴォーカルに起用、次作『DAY BY DAY』(85年)ではアル・ジャロウとのデュエットを披露するなど、バンドとしての新しい一面を見せ始める。90年代に入ってもアルバムをコンスタント に発表しつづけると同時に、意欲的にツアーをこなしていく。90、91年と発表したアルバム『PERFECT SMILE』『OPEN YOUR EYES』がどちらもビルボード誌コンテンポラリー・ジャズ・チャートの上位にランクするなど、アメリカでも成功を収める。日本での人気は一際高く、 87~89年は3年連続で東京国際音楽賞を受賞、数々の日本企画アルバムもリリースしている。97年からは日本でのレーベルをビクターに移籍、『レット・ ザ・ピアノ・プレイ』(97年)、『ビュー・フロム・ザ・シティ』(98年)、『アンダー・ユア・スペル』(01年)、『ブルー・サヴァンナ』の4枚のオ リジナル・アルバムの他に、ライヴ盤『ライヴ・アット・ロニー・スコッツ』(99年)、企画盤『ジャズ・イン・ザ・ナイト』(00年)、「ナイト・バーズ (ミレ二アム・ヴァージョン)」を世界初収録したベスト盤『ベスト・オブ・シャカタク』(01年)をリリースしている。
ビクターエンタテインメントのサイト内にある日本語のオフィシャルサイトより
ジル・セイワード(Jill Saward) 、ビル・シャープ(Bill Sharpe)、ジョージ・アンダーソン(George Anderson Jr.)、ロジャー・オデル(Roger Odell) -ドラムス






